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本場黄八丈 -黄八丈めゆ工房-

東京から南に約290㎞、伊豆諸島の最南端に浮かぶ常春の島、八丈島。
自然豊かなこの島で、数百年もの昔から変わらず織り続けられている絹織物、それが本場黄八丈です。黄色、鳶、黒、全てが島の草木から染められるその色は今も人々を魅了して止みません。

「ギィートントン・・・」繰り返し機場に響く音。黄八丈織元めゆ工房の山下芙美子さんは仰います。
「機織りの音で、今日は誰が来てるのか分かるのよ。調子のよさも。」
黄八丈と共に歩んできた彼女の顔に笑みがこぼれる。その表情が黄八丈に対する島の人々の思いを象徴しているようでした。

化学染料や織機が主流になった今、黄八丈の放つ輝きはより一層増しているように思えます。本物とは何か?織りあがったばかりの反物に触れていると、そんな事をふと考えさせられます。本場黄八丈。改めてその魅力に迫ってみましょう。

八丈島と黄八丈の歴史

八丈島の養蚕の起源は古く秦の始皇帝の時代に徐福とともに蓬莱山を目指した人々(女性)が黒潮にのりこの島に流れ着いたときに伝えられたとされています。

貢絹の記録は室町時代より残っており、江戸時代の国学者、本居宣長は『玉勝間』という本に「神鳳抄という書物に、諸国の御厨(神社の領地)より大神宮に奉る物の中に、八丈絹幾疋という表現が多く見える。したがってこの絹はどこの国からも産出したのである。伊豆の沖にある八丈が島というところも、昔この絹を織りだしたので島の名にもなったのに違いない……」と記しました。つまり一疋が八丈の織物を生産する島なので八丈島と呼ばれるようになったのです。

江戸後期には現在とほぼ同じ黄八丈の染織技術が確立され、歌舞伎や狂言の衣装として用いられた事から大変流行しました。1977年に国の伝統工芸品に、1984年には山下めゆ氏が、東京都の無形文化財に指定されています。

黄八丈の染め -黄染め-

めゆ工房のカリヤス畑

黄染めには、コブナグサと呼ばれる(八丈島ではカリヤスと呼ぶ)植物を用います。元々は島に多く自生している植物でしたが、群生が減少した為、今回お邪魔した山下さんの工房では、畑で栽培をされています。

刈り取ったコブナクサを乾燥させ、水と一緒に窯に入れ色素を煮出します。煮出した染料(八丈ではフシと呼ぶ)に糸を一晩漬けて、天日で乾燥させる。この作業を実に15-20回繰り返します。

最後に椿と榊の灰から作った「灰汁(アク・媒染剤)」を少しずつかけながら揉み込むと、鮮やかな黄色を発色します。

黄八丈の染め -灰汁作り-

灰焼の焼き場

黄染の媒染に用いられる灰汁作りはまず、八丈島の梅雨が明けた八月初旬、晴天無風の日に椿と榊を焼く事(灰焼)から始まります。

一年分の灰を作るため、用意される椿と榊は3000kgにも及びます。これを三日以上かけて、真っ白な灰になるまで燃やし続けます。出来上った灰を甕にはった水の中に入れ、よくかき混ぜたら分離するまで1週間程置きます。その上澄みをすくったものが「灰汁」として用いられるのです。

「黄八丈の生産が盛んだったころは、各染屋に灰汁作りの秘密の配合があってね。よその村の人が来ると、甕に蓋をして配合が分からない様にしたのよ。それが今はうちともう一軒だけだからね」すこし寂しそうにお話しして下さった山下誉さんの表情がとても印象的でした。

黄八丈の染め -樺染め-

めゆ工房の染場

樺染めにはタブの木(八丈島ではマダミと呼ぶ)の皮を用います。

切り出したタブの木の生皮を剥ぎ、黄染と同じように窯に入れ色素を煮出します。タブの木は生皮でないと色が出ないため、出来るだけ新鮮な生皮が用いられます。煮出した染料に糸を一晩漬けて、天日で乾燥させる。この作業を繰り返した後、灰汁で媒染を行います。

樺染めは、山桃の熟したような色が理想とされています。

黄八丈の染め -黒染め-

山下家の沼

黒染めには椎の木の皮が用いられます。

樺染めとは異なり、よく乾燥させた樹皮から色素を煮出します。他の染めと同じように、糸を染料に一晩漬けて乾燥させる作業を繰り返します。最後に山下家に代々受け継がれてきた沼で「沼づけ」を行います。沼づけは、他の染めの灰汁つけ(媒染)にあたる作業です。

「不思議なんだけれど、この沼の泥でないと綺麗にそまらないんだよね」と誉さん。泥の鉄分と椎の色素が反応して、吸い込まれるような黒が現れるのです。

黄八丈の織

めゆ工房の機場

黄、樺、黒それぞれの工程を経て染め上った糸は、水洗い、乾燥をすませた後2-5年静かに寝かされます。これにより、糸の色むらが無くなり、落ち着きのある色になるのです。そして糊付、整経と言った下準備を経て、ようやく機に糸がかかります。

黄八丈はすべて人の手によって織られています。緯糸を飛び杼と呼ばれる道具で、上下に開閉した経糸の間を左右に移動させながら、リズムよく筬で糸を打ち込んでいきます。

織の技法は「平織」か「綾織」。綾織には数百もの種類があり、これは機についている「足」を踏み分け、綜絖(経糸を上下させる装置)を上下させることで織りだしていきます。めかご、市松、丸まなこ、風通崩し、足高貴、杉綾などが主流で、これに縞や格子を組み合わせて柄が織りだされます。

黄八丈めゆ工房

今回お伺いした、黄八丈めゆ工房は八丈島で唯一の染織元です。

通常黄八丈は、染と織の二分業制でおこなわれますが、めゆ工房ではそれを一貫して行っています。めゆ工房の黄八丈には「新小石丸」と呼ばれる、原蚕種「小石丸」の姉妹品種が使用されており昔の黄八丈の風合いに近いとされています。

1984年山下めゆ氏、1986年に山下八百子氏が東京都指定無形文化財技術保持者に認定され、現在も山下 誉・芙美子さんを中心に、精力的に黄八丈の制作、発展に尽力しておられます。