トップページ > 読み物 > 座繰り紬 -芝崎重一・芝崎圭一-

読み物

座繰り紬 -芝崎重一・芝崎圭一-

東京から約80km。群馬県伊勢崎市の長閑な住宅地に、芝崎重一・圭一さん親子の工房はあります。
“座繰り(ざぐり)”と呼ばれる機械に頼らない糸作り、草木による染め、手機による織。「着物は着るもの。だから何よりも着やすく。そしてその為には糸を可能な限り傷つけないように」そんな思いから、現在のもの作りに行き着いた芝崎さん。座繰り糸特有の艶やかな質感と、光によって表情をかえる深い色。そして何よりも軽く捌きのよいその着心地は、着物好きなお客様から大変厚い信頼を得ています。

座繰り糸との出会い

工房にて

今でこそ多くの着物通、そして呉服専門店から指名をうける芝崎さんの紬。ですが最初から全てが順風満帆ではなかったそうです。

「昔は伊勢崎にたくさんあった他の機屋と同じように、銘仙やウールを織ってました。でもいつからか『これじゃ駄目だ。』って思うようになって。なにも別に最初から崇高な信念があったわけじゃない、喰わんが為だよ。(笑)」。

そうして次第に絹糸による紬から、座繰り糸を用いた紬へと行き着いた芝崎さん。

「最初の頃は本当に色々な事を試しました。絹だけじゃなく麻や綿なんかも色んな糸を試してね。田島隆夫さんから地機を習ったりもしたね。上手くいかなかったけど。(笑)白洲正子さんや、紬屋吉平のおかみさんから注文をもらった事もあったね。懐かしい。 それである時田島さんから、『伊勢崎には織物の伝統があるでしょ。それを掘り起こしてみたら』と言われてね。それから糸の研究を本格的に始めた。江戸時代の裂や資料から糸の引き方・精錬・織を分析してね。そうして出来上がったのが今の原型。」

座繰り糸

工房にて

緩やかな裾野が広がる赤城山の麓、ここで芝崎さんの糸が作られています。左手で糸車を回しながら、大きな鍋で煮られた60~70粒の繭の原糸を、右手で1本に合わせながら糸を引いていきます。

「普通は座繰りと言っても6~7粒から引くのが一般的。ここはその10倍。だから糸の力が違う。乾燥する時に戻ろうとする力が強いから、普通の木枠じゃ壊れてしまう。そして手作業で糸に負担を掛けずにひくから、糸にゆとりがある。糸がたくさん空気を含んでいる。それが織物になったときの着心地につながる。機械で引くと糸が伸びきってしまうんだよ。」

「今の作り手は『こんな作品が作りたい。だからこんな糸が欲しい。』そうでしょ。でもそうじゃない。私はね、糸を見て織る物を考える。この糸を生かすにはどうすればいいかって、そう考えるんだよ。だから私は作家じゃない、職人だよ。(笑)」

藍と灰

工房にて

芝崎さんの座繰り紬はすべて草木によって染められています。その中でも藍は芝崎さんを代表する色の一つ。

「うちは精錬(糸についた余分なたんぱく質を取り除く工程)も藍をたてるのも、昔ながらの灰を使ってます。今は苛性ソーダや薬品をつかう所がほとんどだけどね。この灰は御巣鷹山で林業を営んでいる友人に頼んで、楢の木だけで作ってもらってる。この灰が手に入るようになって、藍が綺麗にたって染付も良くなった。やっぱり手間を惜しんじゃいけない。昔の人は本当にすごいね。」

機に向かう圭一さん

芝崎さんの紬は、“高機(たかはた)”とよばれる手機で織られています。しかしよく見ると、あちらこちらに独自の工夫と改良が見られます。また筬には今では大変貴重な竹筬が使われています。

「当たり前だけど、一反を織り上げるには何万回か筬で糸を打ち込まなきゃいけない。金属の筬だとその度に糸が削れてしまう。1回1回は少しの差かもしれないけど、反物になった時にはずいぶん差がでるもんだよ。」

「着物は着るもの。」

芝崎さんがここまでの拘りと丁寧な仕事を重ねるには一つの信念があります。

「着物は着るもの。だから着易くなくちゃいけない。そして価格。普通に勤めている女性が着物を着たいと思った時、手の届く価格できちんとした物を提供したい。だから問屋さん、呉服屋さんも信頼できる所としかお付き合いしない。」

決して利に走らず、信念と義理を大切にする。そんな姿勢は、息子さんである圭一さんにも受け継がれ、現在は重一さんと圭一さんご夫婦を中心にもの作りが行われています。

芝崎さんの反物を掴むと、深雪を踏んだ時のような「ギュッギュッ」という何ともいえない絹鳴りの感触がします。座繰り糸によるものなのだと思いますが、他の織物には無いとても心地よい感触です。よい紬織物とは?その一つの答えが、芝崎さんの紬にはあるように思えます。